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はじめに|理解できない子どもの行動には理由がある?
学校には、私たち教師から見ると、理解するのが難しい行動をする子どもがいます。
友達が嫌がっているのに、同じことを繰り返してしまう。
周囲の状況を考えずに、自分の思いを優先してしまう。
何度注意しても、同じようなトラブルになってしまう。
そんな子どもに対して、私たちはつい「どうして分からないのだろう」と考えてしまうことがあります。

しかし、もしその子の目を通して世界を見ることができたら、私たちの感じ方は変わるかもしれません。
今回紹介する今村夏子さんの『こちらあみ子』は、そんなことを考えさせてくれる小説です。
私は小学校で教員をしながら、特別支援教育コーディネーターも務めています。
この小説を読んでいると、これまで関わってきた子どもたちの姿を思い浮かべることが何度もありました。
「あの子にも、私には見えていなかった世界があったのかもしれない」
そんな気持ちになった一冊です。
今回は「小説で学ぶ発達障害」シリーズの第3回として、ネタバレを最小限にしながら、その魅力を紹介したいと思います。
私は40代、小学校教員・教務主任(担任兼務)です。2028年3月に正規教員を退職すると決めています。詳しくはこちらの記事で【私はなぜ教員を辞めるのか――教員不足で仕事が増え続ける学校】
『こちらあみ子』はどんな小説?
著者:今村夏子
出版社:筑摩書房(ちくま文庫)
文庫発売:2014年6月10日
『こちらあみ子』は、今村夏子さんのデビュー作です。
第26回太宰治賞と第24回三島由紀夫賞を受賞した作品で、文学作品としても高い評価を受けています。
主人公は、少し風変わりな女の子・あみ子。
優しい父親、一緒に登下校してくれる兄、書道教室を開いている母親、そして憧れの同級生・のり君。そんな人たちに囲まれて、あみ子は生活しています。
あみ子は、周囲の人たちとは少し違った感覚を持っています。
本人にとってはごく自然な言動でも、周囲の人たちは驚いたり、困惑したりすることがあります。
しかし、あみ子自身は、なぜ周囲がそんな反応をするのか、十分に理解できていないように見えます。

この物語の特徴は、そんなあみ子の感じ方や考え方に寄り添うように、世界が描かれていることです。
読んでいると、あみ子の言動が微笑ましく感じられることもあれば、切なく感じられることもあります。そして、周囲の人たちとの間に生じるすれ違いに、何とも言えない気持ちになるのです。
決して長い作品ではありませんが、読み終えた後も、主人公の姿が心に残る小説でした。
あみ子には、あみ子なりの理由がある
私がこの小説を読んで、特に印象に残ったのは、物語の序盤に登場する「弟のお墓を作る場面」です。

あみ子の母親は、妊娠していた赤ちゃんを流産してしまいます。
あみ子は、生まれてくることのなかった弟のために、お墓を作ろうとします。
あみ子には、あみ子なりの思いや理由があっての行動です。
しかし、それは赤ちゃんを亡くした母親にとって、つらい気持ちを呼び起こすものでもありました。
また、お墓作りに関わるよう頼まれたのり君にとっても、突然の、そして理解しがたいお願いだったのではないでしょうか。
ほかにも、あみ子が幽霊の音をかき消すために、周囲から止められても歌い続ける場面があります。

周囲には迷惑な行動に見えても、あみ子にとっては怖い音から自分を守るための行動だったのかもしれません。
私は、こうした場面を読んで、何とも複雑な気持ちになりました。
あみ子視点で読めば、あみ子の気持ちも分かるのです。
しかし、同時に、周囲の人たちが傷ついたり、戸惑ったりすることも理解できます。
あみ子には悪気がない。それでも、周囲の人を傷つけたり、困らせたりしてしまう。
そして、あみ子自身は、なぜ自分の行動が周囲に理解されないのか、十分には分かっていないように感じられます。
私は、こうした場面にこそ、自分のクラスにいる発達障害のある子どもたちへの理解につながる大切なヒントがあるのではないかと思いました。
発達障害のある子どもの視点を想像する
この小説を読んで、私はあみ子にASD(自閉スペクトラム症)を連想させる特徴があると感じました。
ASDは発達障害の一つで、対人関係やコミュニケーションの特徴、興味や行動の偏りなどが見られることがあります。
例えば、相手の表情や言葉に込められた気持ちを読み取ることが難しかったり、その場の状況に応じた行動を取ることに苦労したりする場合があります。

ただし、その現れ方は一人ひとり違います。
また、『こちらあみ子』では、あみ子にASDなどの発達障害の診断があると明示されているわけではありません。
それでも、この作品は、発達障害のある子どもの感じ方や考え方を想像するきっかけになると思います。
私たち教師は、つい問題行動を起こす子どもに対して「どうしてそんなことをするの?」と問いかけてしまいます。
しかし、本人からすれば、まったく違う景色が見えているのかもしれません。
周囲から見れば理解できない行動でも、本人にとっては理由のある行動なのかもしれない。
あみ子の姿は、そんなことを考えさせてくれます。

本人の気持ちも、周囲の気持ちも大切にしたい
ただし、今回の小説を読んで、もう一つ大切だと感じたことがあります。
それは、本人に悪気がなければ、周囲の人を傷つけても仕方がないというわけではないことです。

弟のお墓を作る場面でも、あみ子にはあみ子なりの思いがありました。
しかし、母親が傷ついたことも事実です。
これは学校の特別支援教育でも同じだと思います。
友達が嫌がることを繰り返してしまう子どもがいたとします。
本人には悪意がなく、相手の気持ちを十分に理解できていないのかもしれません。
だからといって、嫌な思いをしている友達に我慢を求めるだけでは、適切な支援とは言えません。
大切なのは、本人がなぜそのような行動を取ったのかを理解しながら、相手がどのように感じたのかも伝えていくことだと思います。
その際、ただ「相手の気持ちを考えなさい」と注意するだけでは、十分に伝わらない場合もあります。
具体的にどのような行動が相手を困らせたのか、どうすればよかったのかを、一緒に考える必要があるでしょう。

本人の思いを理解することと、周囲の人の気持ちを大切にすること。
この二つは、決して対立するものではありません。
むしろ、その両方を大切にすることが、特別支援教育では必要なのだと思います。
『こちらあみ子』を読んで、そんなことを改めて感じました。

終わりに 教師にこそ読んでほしい一冊
ここまで特別支援教育の視点から紹介してきましたが、『こちらあみ子』は、何より小説として魅力的な作品です。
あみ子の言動には、思わず笑ってしまうようなところがあります。
その一方で、あみ子と周囲の人たちとのすれ違いが、読んでいて苦しく感じられる場面もあります。
あみ子が見ている世界と、周囲の人たちが見ている世界。
その違いが少しずつ浮かび上がってくる描き方が、とても印象的でした。
発達障害について専門的に学びたいのであれば、専門書を読む必要があります。
それでも、物語の中で一人の子どもの視点に触れることで、これまでとは少し違った見方ができるようになるのではないでしょうか。
子どもの行動を理解しようとするとき、私たちはその子の目に映っている世界を、どこまで想像できているでしょうか。
そんな問いを持つきっかけになる一冊です。

なお、文庫版には表題作のほかに「ピクニック」「チズさん」も収録されています。また、こちらあみ子は2022年に映画化もされているようです。私自身は観ていませんが、長期休暇などに鑑賞してみようと思っています。
専門書を開く前に、まずは一冊の小説から。
発達障害への理解を深めたい先生たちに、ぜひ手に取っていただきたいと思います。


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