【40代教員の退職カウントダウン226:退職まで残り2年5か月】
はじめに|「できない」のは、本人の努力不足なのか?
仕事ができない。部屋を片付けられない。周囲の人の気持ちや、その場の状況をうまく読み取れない。
そんな大人を見たとき、私たちはどのように感じるでしょうか。
「もっと努力すればいいのに」「どうして同じ失敗を繰り返すのだろう」
つい、そんなふうに考えてしまうことはないでしょうか。
私は小学校の教員として働きながら、特別支援教育コーディネーターも務めています。
日々の教育活動の中で、子どもたちの「できないこと」の背景を理解することの大切さを感じています。
そしてその理解はそのまま大人の発達障害にも当てはまるのではないかと思うようになりました。
そんな私が今回紹介したいのは、遠坂八重さんの小説『死んだら永遠に休めます』です。
この作品は、発達障害をテーマにした小説ではありません。
しかし、主人公の抱える困難を読んでいるうちに、私は発達障害のある子どもたちへの関わりについて考えるようになりました。
そして何より、ミステリー小説として、とても興味深い一冊です。
今回は「小説で学ぶ発達障害」シリーズの第2回として、ネタバレを最小限にしながら紹介します。
私は40代、小学校教員・教務主任(担任兼務)です。2028年3月に正規教員を退職すると決めています。詳しくはこちらの記事で【私はなぜ教員を辞めるのか――教員不足で仕事が増え続ける学校】
『死んだら永遠に休めます』はどんな小説?
著者:遠坂八重 出版社:朝日新聞出版 発売日:2025年2月20日
物語の主人公は、28歳の会社員・青瀬。
彼女が働くのは、長時間労働とパワハラが当たり前になっているような職場です。

仕事に追われ、心身ともに限界に近づいている青瀬。
そんなある日、職場のパワハラ上司が突然姿を消します。
さらに、その上司から奇妙なメールが届くのです。
メールの件名は、「私は殺されました」
メールで容疑者として名前が挙げられていたのは、青瀬を含む職場の同僚たちでした。

いったい上司に何が起きたのか。なぜ、同じ部署の社員たちが疑われるのか。
物語は、ブラック企業の過酷な労働環境を背景に展開するミステリーです。
ただ事件の謎を追うだけでなく、追い詰められた人間の心理や、職場での人間関係が描かれているところも魅力です。
タイトルだけを見ると、重苦しい物語を想像するかもしれません。
しかし、登場人物たちのやり取りにはユーモアもあり、先の展開が気になる作品になっています。
事件の真相については、ぜひ実際に読んで楽しんでいただきたいと思います。
主人公・青瀬の「できなさ」が気になった
私がこの小説を読んで、特に印象に残ったのは主人公・青瀬の人物像でした。
青瀬は、仕事をうまくこなせません。日常生活でも、部屋の掃除や整理整頓が苦手です。
また、人の気持ちや周囲の状況を十分に読み取れず、うまく立ち回れないところもあります。

もちろん、青瀬の置かれている労働環境が過酷であることは大きな問題です。
それを踏まえた上でも、私は青瀬の姿に、発達障害のある人が抱える困難と重なる部分を感じました。
例えば、ADHD(注意欠如多動症)のある人の中には、物事を順序立てて進めたり、整理整頓をしたりすることに困難を感じる人がいます。
また、ASD(自閉スペクトラム症)のある人の中には、周囲の暗黙のルールや、人の気持ちを読み取ることに難しさを感じる人もいます。
青瀬は仕事に優先順位が決められず、要領が悪いこともあって毎日深夜まで仕事しても終わりません。部屋は汚部屋で、足の踏み場はなく、実家から届いたミカンはとうに腐っています。周りの人の好意や敵意を察することができず、いつも損をしています。

そんな青瀬の言動を読みながら、私は発達障害、特にASDの特徴を思い浮かべました。
もちろん、青瀬が発達障害であると作中で明示されているわけではありません。
仕事ができないことや片付けが苦手なことだけで、発達障害だと判断することもできません。
それでも私は、青瀬のような特性を持った人は「本人も困っているのに、周囲からは努力不足だと思われてしまうことがあるのではないか」と胸を痛めながら読み進めました。
そして作者は、青瀬が発達障害であることを前提にこの小説を書いているように私には思えました。
小説で最後まであかされない青瀬に対する違和感があるのですが、彼女が発達障害であるとしたらそれがスッキリ説明できる、私がそう感じた描写があったからです。
「できない」の背景を考えることの大切さ
学校には、さまざまな困難を抱えた子どもたちがいます。

何度注意されても忘れ物をする子。机の中やロッカーを片付けられない子。
先生の指示を聞いていても、なかなか行動に移せない子。友達の気持ちをうまく理解できず、トラブルになってしまう子。
私たち教師は、こうした子どもたちに対して、つい「もっとしっかりしなさい」と言ってしまうことがあります。

しかし、本人は一生懸命やろうとしているのかもしれません。
特別支援教育では、子どもの行動だけを見るのではなく、その背景に何があるのかを理解しようとすることが重要になります。
忘れ物が多いのであれば、持ち物を確認する仕組みが必要かもしれません。
片付けが苦手なのであれば、物の置き場所を分かりやすく示すことで改善するかもしれません。
大切なのは、できないことを責める前に、できるようになるための方法を一緒に探すことではないでしょうか。

青瀬の仕事や家事、人間関係に苦労する姿は、そんな当たり前のようで難しいことを、私に改めて考えさせてくれました。
発達障害なのか、それとも環境の問題なのか?
もう一つ、この作品を読んで考えさせられたことがあります。
それは、本人の特性と環境との関係です。
青瀬が働く職場は、決して働きやすい環境ではありません。
長時間労働に加え、上司からのパワハラもあります。
ちなみにこのパワハラ描写が、誤解を恐れず言えば「秀逸」です。
上司の前川は読んでいくうちに殺されても仕方ないよなと思わせられるほどリアリティのある、酷いパワハラ上司として描写されています。

前川のパワハラによって、青瀬だけでなく部下の全員が疲弊していきます。
このような環境では、発達障害の有無にかかわらず、誰でも心身の調子を崩してしまうでしょう。
疲労が蓄積すれば、集中力や判断力が低下することもあるでしょう。
また、強いストレスによって、普段はできていたことができなくなる場合もあります。
つまり、青瀬が仕事をうまくこなせない背景には、本人の特性だけでなく、職場環境が大きく影響している可能性もあるのです。

これは学校でも同じです。
授業中に落ち着きがない子どもがいたとして、その原因が必ずしもADHDであるとは限りません。
授業の内容が難しすぎるのかもしれませんし、周囲の音や刺激が気になるのかもしれません。
ひょっとしたら家庭で十分に眠れていないのかもしれませんし、もちろん発達特性が影響している場合もあります。
だからこそ、私たち教師には、さまざまな可能性を考えながら子どもの姿を理解しようとする姿勢が必要なのだと思います。
「できない」という結果だけで、その人、子を判断しない。
青瀬の抱える困難は、そんな大切なことを考えるきっかけになりました。

発達障害への理解だけでなく、ミステリーとしてもおすすめ
ここまで特別支援教育の視点から紹介してきましたが、『死んだら永遠に休めます』は、何よりミステリー小説として楽しんでいただきたい作品です。
過酷な職場環境。
失踪したパワハラ上司。
突然届いた不気味なメール。
疑惑を向けられた同僚たち。
こうした設定だけでも、事件の真相が気になってきます。
さらに、主人公の青瀬と、彼女とは対照的な派遣社員・仁菜の組み合わせも魅力的です。

また、働くことの意味や、職場の人間関係について考えさせられる部分もあります。
私自身、教員として忙しい日々を送っていることもあり、青瀬が置かれた労働環境には考えさせられるものがありました。
仕事に追われ、自分の生活が後回しになっていく。
そんな状況は、程度の差こそあれ、教員にも無関係ではないと思います。

その意味でも、学校の先生たちにおすすめしたい一冊です。
ただし、過酷な労働環境やパワハラの描写があるため、そうした内容が苦手な方は注意してください。
おわりに|「できない人」ではなく「困っている人」かもしれない
今回紹介した『死んだら永遠に休めます』は、発達障害を直接テーマにした作品ではありません。
それでも私は、主人公・青瀬の姿を通して、発達障害のある子どもたちへの関わりについて考えることができました。
仕事ができない。
片付けられない。
周囲の状況を読み取れない。
そうした姿を見たとき、私たちはつい本人の努力や能力の問題だと考えてしまうことがあります。
しかし、その背景には、本人にもどうすることもできない困難があるのかもしれません。
あるいは、周囲の環境が、その人の困難を大きくしているのかもしれません。
「どうしてできないの?」と責める前に、「何に困っているのだろう?」と考えてみる。
そんな視点を、教師として大切にしていきたいと思いました。

ミステリー好きの方はもちろん、特別支援教育に関心のある先生や、仕事がうまくいかず悩んでいる人にも、ぜひ読んでいただきたいと思います。
専門書を開く前に、まずは一冊の小説から。
これからも「小説で学ぶ発達障害」シリーズでは、物語を楽しみながら、発達障害や人それぞれの感じ方の違いについて考えることのできる作品を紹介していきたいと思います。


コメント