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はじめに|小説から発達障害への理解を深めたい
私は現在、教務主任兼担任に加え、特別支援教育コーディネーターも務めており、発達障害のある子どもたちや、その可能性のある子どもたちと関わる機会が多くあります。
そんな中で、以前から感じていることがあります。
「私たち教師は、もっと発達障害について理解を深める必要があるのではないか」

もちろん、学校現場でも特別支援教育への理解は少しずつ広がっています。
しかし、発達障害の特性を十分に理解できないまま、子どもの行動を「わがまま」「努力不足」「協調性がない」と捉えてしまうことも、まだあるのではないでしょうか。
発達障害について学ぶための専門書は数多く出版されています。
ただ、専門書を読むとなると、少しハードルが高く感じる先生もいるかもしれません。
そこで考えたのが、小説を楽しみながら、発達障害への理解を深めることはできないだろうかということです。

そんな思いから、新しく「小説で学ぶ発達障害」というシリーズを始めることにしました。
第1回で紹介するのは、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』です。
この小説を読み終えたとき、私は発達障害のある人の感じ方や考え方を、もっと理解してみたいと思うようになりました。
今回はネタバレを最小限にしながら、この作品の魅力と、教師として感じたことを紹介します。
私は40代、小学校教員・教務主任(担任兼務)です。2028年3月に正規教員を退職すると決めています。詳しくはこちらの記事で【私はなぜ教員を辞めるのか――教員不足で仕事が増え続ける学校】
『コンビニ人間』はどんな小説?
『コンビニ人間』は、村田沙耶香さんによる小説です。
2016年に第155回芥川賞を受賞した作品で、国内だけでなく海外でも高い評価を受けています。
主人公は36歳の女性、古倉恵子。
大学時代から18年間、同じコンビニでアルバイトを続けています。
恵子は幼い頃から、周囲の人たちとは少し違った感覚を持っていました。
自分ではごく自然に考えたり行動したりしていることが、なぜか周囲の人たちには理解されません。

そんな恵子が、自分の居場所を見つけたのがコンビニでした。
コンビニには明確なマニュアルがあります。どんな言葉を使い、どのように行動すればよいのかが決まっています。
恵子にとって、コンビニは安心して自分の役割を果たせる場所なのです。

しかし、36歳になってもアルバイトを続け、結婚もしていない恵子に対して、周囲の人たちは疑問を抱きます。
「どうして正社員にならないの?」
「結婚はしないの?」
本人は自分なりの生活を送っているのに、周囲はそれをなかなか理解してくれません。
そんな恵子を通して、私たちが当たり前だと思っている「普通」とは何かを問いかける物語です。

主人公の独特な感覚が、とにかく面白い
この小説の大きな魅力は、何といっても主人公・古倉恵子の独特な思考です。
恵子は、私たちが普段何気なく行っている人付き合いや、社会の暗黙のルールを、少し違った角度から捉えています。
その考え方が実に独特なのです。
読んでいると、「えっ、そんなふうに考えるの?」と思わされる場面が何度もあります。

思わず笑ってしまうところもあれば、少し怖さを感じるところもあります。
けれども、不思議なことに、読み進めるうちに恵子の考え方にも一種の合理性を感じるようになりました。
周囲から見れば不思議な行動でも、本人にとっては筋の通った行動なのかもしれない。
そんなことを考えさせられます。
また、この作品には社会に対する鋭い皮肉も込められています。
恵子の方が変わっているのか。それとも、自分たちの考える「普通」を押しつける周囲の人たちの方が、どこかおかしいのか。
読み進めるほど、その境界が曖昧になっていきます。

決して難解な小説ではありません。
独特のユーモアを楽しみながら、気がつくと自分自身の価値観を揺さぶられている。
そんな魅力を持った一冊です。
『コンビニ人間』とASD(自閉スペクトラム症)
この小説を読んで、私は主人公の恵子にASD(自閉スペクトラム症)を連想させる特徴があると感じました。
ASDは発達障害の一つで、対人関係やコミュニケーションの特徴、興味や行動の偏りなどが見られることがあります。
注意して欲しいのは、『コンビニ人間』では、主人公がASDであると明示されているわけではありません。あくまでも私が読んで感じたことです。
恵子の言動を読んでいると、特別支援教育に関わる教師として考えさせられることがありました。
例えば、周囲の人たちが自然に理解している社会のルールが、恵子には分かりにくいこと。
一方で、明確なルールがあるコンビニでは、自分の役割を理解して生き生きと働いていること。

もちろん、こうした特徴だけでASDかどうかを判断することはできません。
しかし、環境によって、その人の過ごしやすさや力の発揮しやすさが変わるという点は、特別支援教育にも通じるものがあると思います。
そして、何より印象的だったのは、恵子の感じ方や考え方を、物語を通して追体験できることでした。
専門書には、発達障害の特徴や支援方法が詳しく書かれています。
それに対して小説は、自分とは違う感じ方をする人の世界を想像するきっかけを与えてくれます。
『コンビニ人間』は、私にとってそんな一冊になりました。

教師として考えた「普通」という言葉
学校では、子どもたちに集団生活のルールを教える場面がたくさんあります。
「みんなと同じように行動しよう」
「相手の気持ちを考えよう」
「周りの様子を見て行動しよう」
どれも大切な指導です。
しかし、私たち教師が当たり前だと思っていることが、すべての子どもにとって当たり前とは限りません。
例えば、周囲の状況を読み取ることが苦手な子どもに、「空気を読みなさい」と注意しても、何をどうすればよいのか分からないかもしれません。

また、集団の中でみんなと同じように行動することが、本人にとって大きな負担になっている場合もあります。
もちろん、子どもたちが社会の中で生活していくために、必要な力を身につけることは大切です。
しかし、そのための指導が、いつの間にか教師の考える「普通」に子どもを合わせることだけになっていないでしょうか。
『コンビニ人間』を読みながら、そんなことを考えました。
「この子はどうしてできないのだろう」ではなく、「この子には、どんなふうに世界が見えているのだろう」そんな視点を持つことが、特別支援教育の第一歩なのかもしれません。

発達障害に関心のある先生に、ぜひ読んでほしい
私はこの小説を、特に学校の先生たちにおすすめしたいと思っています。
発達障害について専門的に学びたいのであれば、もちろん専門書を読むことが必要です。
小説を一冊読んだだけで、発達障害について正しく理解できるわけでもありません。
そもそも、発達障害のある人の感じ方や考え方は一人ひとり違います。
それでも、物語を通して誰かの考え方に触れることで、今までとは少し違った視点を持つことができるのではないでしょうか。
『コンビニ人間』は、私にとっては、ASDへの理解を深めたいと思うきっかけになった作品でした。
そして何より、小説としてとても面白いのです。
芥川賞受賞作と聞くと、少し難しそうな印象を持つ方もいるかもしれません。
しかし、文章は読みやすく、文庫本でも比較的短い作品なので、普段あまり小説を読まない方にもおすすめできます。
読んでいるうちに、きっと「普通って何だろう?」と考えたくなると思います。
発達障害に関心がある先生にも、純粋に面白い小説を読みたい方にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

おわりに|小説から始める特別支援教育
今回から「小説で学ぶ発達障害」というシリーズを始めることにしました。
私は、特別支援教育に関わる教師として、発達障害についての正しい知識を身につけることはもちろん大切だと思っています。
しかし、それと同じくらい大切なのが、相手を理解しようとする気持ちではないでしょうか。
子どもの行動を見て、「どうしてこんなことをするのだろう」と感じたとき。
その行動の背景には、私たちには分からない本人なりの理由があるのかもしれません。
小説は、そんなことに気づかせてくれる入り口になると思います。
今回紹介した『コンビニ人間』は、私にとってその第一歩となる作品でした。
これからも、発達障害や生きづらさ、周囲との感じ方の違いなどを描いた小説を紹介していきたいと思います。
専門書を開く前に、まずは一冊の小説から。
物語を楽しみながら、子どもたちへの理解を少しずつ深めていけたらと思います。


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