教員に役立つ心理学シリーズ⑦ 書籍『悪いことはなぜ楽しいのか』から考える生徒指導

教師のお仕事

【40代教務主任の退職カウントダウン202:退職まで残り2年7ヶ月】

はじめに

「なんでそんなことをしたの?」

教師なら、一度は子どもにそう問いかけたことがあるでしょう。

授業中にふざける。

友達をからかう。

ルールを破る。

SNSで悪口を書く。

注意されると、さらに反発する。

教師は日々、「悪いこと」をする子どもと向き合っています。

しかし、ある一冊の本を読んで、私は考えさせられました。それが戸谷洋志さんの『悪いことはなぜ楽しいのか』です。

この本は、「悪いことはいけない」という道徳の話ではありません。

「人はなぜ悪いことに魅力を感じるのか」という、とても根本的な問いから始まります。

読んでいて感じたのは、これは教師こそ読む価値のある一冊だということでした。そこで今回の記事では、この書籍を紹介しつつ生徒指導について考えて見たいと思います。

私は40代、小学校教員・教務主任(担任兼務)です。2028年3月に正規教員を退職すると決めています。詳しくはこの記事をどうぞ→【私が退職しようと決意した具体的経緯


「悪いこと」はなぜ楽しいのか

私たちは子どもの頃から「悪いことをしてはいけません」と教えられてきました。そして子どもたちにも日々指導しています。

しかし、それでも悪いことは世の中から悪いことは無くなりません。誤解を恐れずに言えば、それだけ「悪いこと」には人を惹きつける魅力があるのです。

私たちは生徒指導をする上で、ここから目を背けるわけにはいかないのです。

それだけ「悪いこと」には人を惹きつける魅力がある

この本では、

・意地悪

・復讐

・ルール破り

・反抗

・自傷

など、一見すると理解できない行動について、倫理学や心理学の視点から考えていきます。

もちろん著者は、悪いことを肯定しているわけではありません。

むしろ、人間には誰でも「悪」に惹かれる部分があるという事実を見つめています。

だからこそ、悪いことを単純に「悪いことだからいけない」で終わらせてはいけないのです。

悪いことを単純に「悪いことだからいけない」で終わらせてはいけない

学校にも「悪いことが楽しい」は存在する

この本は教育書の類ではないので、世間一般の事象を中心に書かれていますが、学校にも同じような場面があります。

例えば、授業中にわざとふざけて教室を笑わせる子。

友達をからかって周りが笑うことに喜びを感じる子。

禁止されるほど、やってみたくなる子。

教師から見れば困った行動です。

しかし、本人にとっては「楽しい」という感情があることがあります。

だから何度注意しても繰り返します。

もちろん、だからといって許される行為ではありません。

しかし、「楽しい」と感じる理由を知らずに指導することと、「なぜ楽しいのか」を理解した上で指導することでは、教師の言葉も支援も変わってくるはずです。

「楽しい」と感じる理由を知らずに指導することと、「なぜ楽しいのか」を理解した上で指導することでは、教師の言葉も支援も変わってくる

※もちろん、理由があることと、正当化できることは違います。

心理学が問題行動の背景としてあることを理解することはできますが、いじめや暴力が許されるわけではありません。

教師が理由を知るのは、子どもを甘やかすためではなく、より適切に指導するためです。

私はこの視点が、教師にとってとても大切だと思います。


『悪いことはなぜ楽しいのか』のざっくり要約

戸谷洋志さんの『悪いことはなぜ楽しいのか』は、タイトルだけを見ると「悪いことをしてしまう心理」を説明する心理学の本のようにも見えます。

しかし、実際には倫理学の本です。

「悪いことをしてはいけない」と結論を教えるのではなく、そもそも何をもって私たちは「悪い」と判断しているのか。

そして、悪いと分かっていることに、なぜ人間は惹かれてしまうのか。

身近な例から、そんな問いを考えていきます。

著者自身も、悪い行為を勧めたり、「悪いことだからやめよう」と説教したりすることが目的ではなく、人間が悪に誘惑される弱さも受け入れながら、よりよい生き方を考える手がかりを示すことを本書の目的として説明しています。 

①「自己中心的」は本当に悪いことなのか

第1章のテーマは「自己チューなのはなぜ楽しいのか」

自分のやりたいことを優先する。自分の楽しさを求める。

学校教育では、ともすると「わがまま」「自分勝手」と否定されがちな行動です。

しかし本書では、自己中心性そのものを単純に悪とするのではなく、他者とともに生きる社会の中で、自分の欲求と他者の欲求をどう調整するのかという問題へと話を広げていきます。

これは学級経営にもつながる話です。

「みんなに合わせなさい」と教えるだけではなく、自分を大切にすることと、他者を尊重することをどう両立させるのか。これは教師自身が考えておきたい問いではないでしょうか。

自分を大切にすることと、他者を尊重することをどう両立させるのか

② なぜ人は「意地悪」をしたくなるのか

第2章は「意地悪はなぜ楽しいのか」

学校現場との関係では、特に考えさせられる章でしょう。

友達をからかう。失敗を笑う。嫌がることをわざとする。

教師からすれば「そんなことをして何が楽しいの?」と思う行動です。

しかし本書は、そこで思考を止めません。

悪意や嫉妬、意地悪、さらには他人の苦しみに寄り添う「同情」についてまで考えていきます。夏目漱石の『こころ』も題材として登場します。 

教師にとって重要なのは、「意地悪をする=性格の悪い子」と短絡的に考えないことです。その考えでは問題の根本解決は図れません。

その行動によって何を得ているのか。なぜその瞬間、その子にはそれが魅力的だったのか。

この章は生徒指導を考えるヒントになります。

「意地悪をする=性格の悪い子」と短絡的に考えないこと

③「やられたらやり返したい」はなぜ生まれるのか

第3章では「復讐」が取り上げられます。

学校でも非常によくあります。

「先にあいつがやった」

「やられたからやり返した」

「自分だけ怒られるのはおかしい」

子ども同士のトラブルを指導していると、教師は何度も耳にする言葉です。

大人は簡単に、「やり返したらあなたも同じでしょう」と言ってしまいます。

しかし、本人からすれば、やり返すことには自分なりの正義があります。

本書では復讐を単純に悪と決めつけるのではなく、復讐と正義、苦痛と快楽などの関係を考えていきます。 

だからこそ生徒指導でも、「やり返してはいけません」だけで終わらず、「なぜやり返したかったのか?」まで想像して指導する事に意味があるのだと思います。

「なぜやり返したかったのか?」まで想像して指導する

④ 自分を傷つける行為をどう考えるか

第4章は「自傷行為はなぜ楽しいのか」

筋トレや断食といった身近な行為から出発しながら、リストカットなども扱い、「人間の尊厳」や「自傷行為をしてはいけない理由」へと議論を進めます。 

ここは学校現場では特に慎重に扱う必要があります。

自分を傷つける行為を単純に「悪いこと」「やめなさい」と捉えるだけでは、本人が抱えている苦しさを見落とす可能性があります。

もちろん教師だけで解決すべき問題ではありません。

しかし、行動だけを見て評価するのではなく、その行動の背景に何があるのかを見る。

本書全体を通じて感じられるこの姿勢は、生徒指導にも通じるものがあります。

行動だけを見て評価するのではなく、その行動の背景に何があるのかを見る

⑤「空気を読まない」は悪いことなのか

第5章は「空気を読まないのはなぜ楽しいのか」

制服を着崩すことなどから、「空気」の同調圧力や、人がなぜ空気を読むのか、そして自分らしく生きることについて考えていきます。 

これは学校という場所を考える上でも興味深いテーマです。

学校には、「みんなと同じようにする」ことを求める場面がたくさんあります。

もちろん集団生活には一定のルールが必要です。

一方で、みんなと違うこと=悪いことになってしまっていないでしょうか。

ルールを守らせる立場にある教師だからこそ、「何のためのルールなのか」を考える必要があります

学校にも「悪いことが楽しい」は存在する

⑥「反逆すること」はなぜ魅力的なのか

最終章は「反逆するのはなぜ楽しいのか」

ルールを変える難しさ、「正しい生き方」、反逆が持つ暴力性、複数性や全体主義などへとテーマが広がっていきます。 

子どもが教師に反抗する。校則に疑問を持つ。

「なんでこんなルールを守らなきゃいけないの?」

と言う。

教師にとっては面倒に感じることもあります。

しかし、既存のルールに疑問を持つことと、単純にルールを破ることは同じではありません。

「反抗する子」を抑えるだけでなく、その子が何に納得できていないのかを考える。

これもまた教育では大切な視点でしょう。

「反抗する子」を抑えるだけでなく、その子が何に納得できていないのかを考える。

先生にこそ、この本が面白い理由

本書を先生向けに一言でまとめるなら、

「悪いことをしない人間」を前提にするのではなく、「悪いことに惹かれてしまう人間」を出発点として善悪を考える本だと私は思います。

学校では毎日のように、「それはダメです」「やめなさい」「ルールを守りましょう」と子どもに伝えます。

もちろん、それは必要なことです。

しかし教師がもう一歩踏み込んで、「でも、なぜこの子はそれをやりたかったのだろう?」と考えられるかどうか。

そこから先が、生徒指導なのかもしれません。

悪い行動の背景を理解することは、その行動を許すことではありません。

むしろ、「ダメだからやめなさい」だけでは届かない子どもに、どう向き合えばよいのかを考えるための材料になる。

『悪いことはなぜ楽しいのか』は、倫理学の入門書でありながら、教師にとっては子どもの問題行動を見る角度を少し変えてくれる一冊だと思います。

『悪いことはなぜ楽しいのか』は、倫理学の入門書でありながら、教師にとっては子どもの問題行動を見る角度を少し変えてくれる一冊

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おわりに

『悪いことはなぜ楽しいのか』は、哲学や倫理学の本です。

しかし、私には生徒指導について考える本として読むことができました。

教師は毎日、子どもの「行動」と向き合います。

でも本当に見るべきなのは、その行動の奥にある「人間らしさ」なのかもしれません

悪いことを理解することは、悪いことを肯定することではありません。

子どもをより深く理解するための第一歩です。

教師という仕事は、正しさを教える仕事であると同時に、人を理解しようとし続ける仕事でもあります。

この本は、そのことを改めて考えさせてくれる一冊でした。

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