【40代教員の退職カウントダウン158:退職まで残り2年11ヶ月】
はじめに
令和7年度、私は教務主任をしながら2年生の担任を務めていました。
その経緯については以前の記事に書きましたが、背景にあったのは「欠員が埋まらない」という現実です。
【なぜ教務主任をしながら担任を?教員不足の現場から見えた実態(令和7年度)】

そして令和8年度。状況は改善するどころか、さらに厳しいものとなりました。
今回は、教員不足の現場で何が起きているのか、私自身のつい最近の経験をもとに書いていきます。
私は40代小学校教務主任(担任兼務)、2028年度末に正規教員を退職予定です。
詳しくはこちらの記事へ→【私が退職しようと決意した具体的経緯】
令和7年度:教務主任+担任という体制
令和6年度末、私の勤務校では3月29日に決まっていた講師の先生の突然の辞退がありました。
本来であれば補充されるはずの教員は見つからず、結果としてそのまま欠員状態が続きます。
私は教務主任としての業務に加え、2年生の担任を兼ねることになりました。
本校は小規模校で、2年生のみが2クラス編成。もう一方の担任と協力したり、教頭先生に体育を持ってもらったりしながらなんとか1年間を乗り切ることができた、というのが正直な実感です。

一度は見えた「通常体制への回復」
令和7年度の2月、2年生の1クラスから転校が出ることになりました。
その結果、次年度は1クラスに統合されることが決定。
クラス減=教員定数減となるため、定数としてのマンパワーは少なくなるものの、私としては
「元々欠員1名だったのが欠員なしとなる。来年度は担任を外れ、教務主任に専念できる」
そう考え、ようやく負担が軽くなることに安堵していました。

しかし再び起きた突然の退職
状況が大きく変わったのは、修了式直後の春休みでした。
学校の中心的存在であった40代の教員が、突然退職を申し出たのです。
その先生は学級経営力においても授業力や校務遂行力においても抜群で、学校にとって欠かせないエース的存在でした。

一方で、その分多くの役割を担い続けてきたという背景もありました。
ご本人は低学年や特別支援級を希望していましたが、令和7年度の時点で3年連続6年生担任に加え4年連続の生徒指導主任を務めていたそうです。
そして校長先生から卒業式後に言い渡された令和8年度の人事もまた6年生担任+生徒指導主任でした。

その先生もその人事に思うところがあったのでしょう。結果として、年度末というタイミングで退職が決定します。

空いたポストと現実的な限界
問題となったのは、その先生が令和8年度に担う予定だった役割です。
- 6年生担任(単学級)
- 生徒指導主任
この2つを同時に担える人材は限られています。
急遽講師を探すものの、3月末の時点で見つかるはずもなく、人事の再調整も時間的に難しい状況でした。

なぜ私がすべてを担うことになったのか
最終的に決まったのは、以下の体制です。
- 教務主任
- 6年生担任
- 生徒指導主任
- 特別支援コーディネーター
すべてを私が兼ねることになりました。

「他にいないのか」と言われることもありますが、実際に校内を見渡すと、簡単に代われる状況ではありません。
私以外の担任陣5人のうち、4月から育休明けの女性教員、1月に鬱病の療養から復帰したばかりの教員、2年目の経験の浅い若手教員の3人には負担がかけられません。
また、校務遂行能力に不安を感じる先生が職場にいることも事実で、それらの先生に分掌を割り当てたところで、実際に仕事をするのは別の先生になってしまいます。
結果として、限られた人数で校務を回すしかないのが現実です。

教員不足がもたらす「見えない歪み」
この状況で特に感じるのは、一部の教員に負担が集中する構造です。
仕事が集中しているのは私だけではなく、5年生を担任する予定の男性教員は
- 児童会
- 情報主任
- 研究主任
- 交通安全
と複数の校務を兼任しています。

誰かが楽をしているわけではなく、全員がギリギリの状態で成り立っている。
それが今の私の学校現場です。
不安の中で迎える令和8年度
この記事を書いている時点では、まだ始業式は迎えていません。
しかし正直なところ、この体制で「1年間持つのか」という不安しかないというのが本音です。
それでも、目の前の子どもたちのために日々の業務をこなしていくしかありません。

教員不足は「個人の努力」で解決できる問題なのか
今回の経験を通して、強く感じたことがあります。
それは、教員不足の問題は、個人の努力や現場の工夫で乗り切るべきものなのか
という疑問です。
- 欠員が埋まらないまま運営される学校
- 一部の教員に集中する過重な業務
- 退職を選ばざるを得ない状況
これらは本当に「仕方のないこと」なのでしょうか。

おわりに
現場では、今日も多くの教員がそれぞれの立場で踏ん張っています。
しかし、この状態が続いた先にあるのは、持続可能な学校の姿なのでしょうか。
教員不足という問題に対して、私たちはどこまで個人の責任として受け止め、どこからを社会全体の課題として考えるべきなのでしょうか。
行政や国が早くこの問題に向き合ってくれなければ、いよいよ学校崩壊が現実となる日もそう遠くないような気がしています。


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