【40代教員の退職カウントダウン149:退職まで残り3年】
はじめに
「働き方改革」と言われるようになって、もうかなりの時間が経ちました。
けれども、現場の先生たちの多くは、こんな感覚を持っているのではないでしょうか。
在校時間は少し減ったかもしれない。でも、仕事そのものは減っていない、むしろ持ち帰りが増えただけではないか。部活動も保護者対応も、結局残ったままだ
この感覚は、決して気のせいではありません。
実際に各種調査データを見ていくと、学校の働き方改革が進みにくい理由は、単なる「現場の工夫不足」ではなく、制度・文化・社会の期待が絡み合った構造問題にあることが見えてきます。
この記事では、勤務実態調査や国際調査などのデータをもとに、
なぜ学校の働き方改革は進みにくいのか なぜ現場の努力だけでは限界があるのか
を整理してみたいと思います。
私は40代小学校教務主任(担任兼務)、2028年度末に正規教員を退職する予定です。
詳しくはこの記事をどうぞ→【私が退職しようと決意した具体的経緯】
学校の働き方改革は進んだのか
まず確認したいのは、「働き方改革がまったく進んでいない」と単純に言い切れるわけではない、という点です。
文部科学省の勤務実態調査を見ると、平成28年度と令和4年度を比べたとき、教員の在校等時間はたしかに減っています。

出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構HPより引用
小学校では、平日の合計時間は11時間45分から11時間23分へ、中学校でも、11時間52分から11時間33分へと縮減しています。
これだけ見ると、「少しずつ改善している」と言えそうです。
しかし、問題はここで終わりません。
在校等時間が減った一方で、持ち帰り時間は増えているのです。
つまり、仕事が減ったのではなく、学校の中にあった仕事が、学校の外へ移っただけの可能性が高い、ということです。
これは現場の感覚とも一致します。
「定時で帰るように言われるが、結局家でやっている」
「在校時間は短くなっても、総労働時間はあまり減っていない」
そうした声は、多くの学校で聞かれます。
働き方改革が“数字上は進んでいるように見える”一方で、実際の負担感は減っていない。まずはこのズレを押さえる必要があります。

日本の教員は、なぜこんなに忙しいのか
次に、国際比較のデータを見てみます。
TALIS 2024によれば、日本の中学校教員の週当たりの総労働時間は55.1時間で、国際平均の41時間を大きく上回っています。かなりの長時間労働です。
では、日本の教員は授業をたくさんしているから忙しいのでしょうか。
実はそうではありません。
同じ調査で、週当たりの授業時間を見ると、日本は17.8時間、国際平均の22.7時間より少ないのです。
つまり、日本の教員の長時間労働は、授業が多すぎるからではなく、授業以外の仕事が多すぎるから起きているのです。

実際、授業準備、事務処理、保護者対応、校務分掌、課外活動など、授業外の仕事が非常に厚いことが分かっています。
日本の学校現場では、「授業をする人」であるはずの教員が、同時に「事務職員」「生活指導担当」「保護者対応窓口」「部活動指導者」「地域連携担当」「行政調査対応者」
の役割まで担っている状態になっています。
忙しさの原因は、授業そのものではなく、学校が抱え込みすぎている周辺業務にあるのです。

休日労働の最大要因は、やはり部活動
その中でも、特に大きな負担として浮かび上がるのが部活動です。
勤務実態調査を見ると、土日の在校等時間のうち、中学校では1時間29分、高校では1時間23分が「部活動・クラブ活動」に使われています。
これは休日勤務の“主エンジン”と言ってよい数字です。
しかも部活動は、土日だけの問題ではありません。
平日にも一定時間が割かれており、授業準備や事務と並ぶ「固定的な授業外負担」になっています。
【それでもやっぱり部活動は廃止すべき理由 ― BDK(部活大好き教員)が語る本音】

現場で働き方改革を探るとき、どうしても
- 会議の削減
- ICT化
- 連絡の効率化
といった話に流れがちですが、休日労働という視点から見れば、部活動改革を避けて通ることはできません。
逆に言えば、ここを動かせない限り、特に中学校・高校の働き方改革は大きく進間ない、ということでもあります。
制度そのものが、長時間労働を止めにくい
さらに厄介なのは、学校現場の長時間労働が、制度上も止まりにくい形になっていることです。
大きな論点として、給特法の運用があります。
【教員が「定額働かせ放題」と言われるのはなぜ?特別措置法(給特法)の歴史・現場の現実・そしてこれから】

この記事では難しい制度論を細かく書きませんが、ポイントはシンプルです。
学校では長時間労働が起きていても、それがしばしば「命じられた残業」ではなく、「教員の自発的な行為」として整理されやすい、ということです。
採点、授業準備、部活動指導、保護者対応など、学校運営に不可欠な業務であっても、制度上は曖昧に扱われてきた部分があります。
その結果、何が起きるか。長時間労働が発生していても、
- コストとして見えにくい
- 責任の所在が曖昧になる
- 人員増や外部化への投資判断が弱くなる
という構造が生まれます。これは非常に大きな問題です。
民間企業であれば、残業が増えればその分コストが見えます。
だからこそ、業務削減や人員配置の見直しが経営課題になります。
しかし学校では、そのコストが制度上見えにくいため、「現場の善意と使命感で回してしまう」状態が続きやすいのです。

これは行政サイドが予算をつけて働き方改革を進める理由を失う原因になってしまいます。
「学校が何でもやるべき」という社会の期待
学校の働き方改革が進みにくい理由は、学校の内側だけにあるわけではありません。
むしろ大きいのは、学校の外から寄せられる期待です。
現代の学校には、学力保障だけでなく、
生活指導・福祉的支援・保護者対応・地域対応・安全管理・心のケア・キャリア教育・特別支援
など、本当に多くの役割が求められています。
もちろん、一つ一つ大切なことです。
しかし、それらが積み重なった結果、学校は「教育機関」であると同時に「社会の万能受け皿」になってきました。
保護者の期待も高い一方で、TALISの調査では、日本の教員が「保護者から十分評価されている」と感じる割合は国際平均より低いという結果もあります。

つまり、期待は大きいのに、承認は十分ではない。
これは教員にとって、かなり消耗する構造です。
社会全体が「困ったら学校へ言えばいい」となっている限り、学校内部の効率化だけでこの問題を解決するのは難しいでしょう。

教員の使命感そのものが、改革を難しくしてしまう
さらに忘れてはいけないのが、教員自身の心理です。
新任教員の多くは、教職を第一志望として選んでいます。
つまり、責任感や使命感が強い人が多い職業です。
これは本来、とても尊いことです。

しかしその使命感が、「断れない」「自分がやるしかない」「子どものためなら仕方ない」という方向に働くと、業務がどんどん積み上がっていきます。
そして、疲弊するとさらに
- ミスを防ぐために過剰に準備する
- 不安だから一人で抱え込む
- 業務改善に取り組む余裕すらなくなる
という悪循環に入りやすくなります。これは「教員が悪い」という話ではありません。
むしろ、高い使命感を持つ人ほど、無理を引き受けてしまう構造が問題なのです。

なぜ改革は「追加業務」になってしまうのか
現場で働き方改革が歓迎されにくい理由の一つに、「改革そのものが、新しい仕事」に見えてしまうという点があります。
たとえば、
- 新しい記録方法の導入
- ICT化への対応
- 新制度の説明
- 新しい運用ルールの整備
こうしたことは本来、改善のために必要です。
しかし、既存業務が減らないまま新しい取り組みだけ増えれば、現場には「また仕事が増えた」と映ります。

実際、国際調査でも、日本の教員は「資源が足りないまま変更を実装させられている」と感じる割合が高く、「改革が多すぎる」「安定期間がほしい」と答える割合も高いことが示されています。
改革が進まないのではなく、改革が“業務削減”ではなく“業務追加”として届いてしまっているという見方も必要です。
では、どうすればいいのか
ここまで見てくると、学校の働き方改革が進みにくい理由はかなり明確です。
- 制度が長時間労働を止めにくい
- 業務量が多すぎる
- 部活動が重い
- 学校万能観が根強い
- 教員の使命感に依存して回っている
- 改革が追加業務化しやすい
つまり、これは個人の根性や工夫で解決できる問題ではありません。
必要なのは、現場への「頑張れ」ではなく、
① 業務そのものを減らすこと
会議を減らす、紙を減らす、だけでは不十分です。
「そもそも学校が持たなくてよい仕事」を切り分ける必要があります。
② 外部化できるものは外部化すること
特に部活動、学校外対応、専門的支援は、学校以外の担い手を本気で育てていく必要があります。
③ 支援人員を増やすこと
業務支援員、専門スタッフ、相談支援など、教員が授業に集中できる体制づくりが必要です。
④ 管理職も支えること
管理職自身が長時間労働では、改革の設計も定着も難しい。管理職支援も不可欠です。
【学校の働き方改革が進まない理由② ― 見落とされがちな「管理職の長時間労働」 ―】
⑤ 「学校に何を求めるのか」を社会全体で見直すこと
ここを変えない限り、学校は何度でも新しい仕事を背負わされます。

おわりに
学校の働き方改革が進まないのは、現場の先生たちの意識が低いからではありません。
むしろ逆です。
責任感が強く、子どものために動こうとする人たちが多いからこそ、仕組みの不備を現場が埋めてしまい、制度の問題が表面化しにくかったのです。
だからこそ、必要なのは「教員の努力論ではなく、構造の見直し」です。

在校時間を記録するだけでは足りません。
早く帰るよう言うだけでも足りません。
学校の外に仕事が移るだけでは、働き方改革とは言えません。
本当に必要なのは、「何を減らすのか」「誰が担うのか」を、制度・予算・社会全体で決め直すことではないでしょうか。
我々にできることは粘り強くそのことを行政に訴えかけていくことだと思います。
※管理職に訴えることは、実は解決に繋がらないと思っています。その理由は次回の記事で整理しようと思います。
【学校の働き方改革が進まない理由② ― 見落とされがちな「管理職の長時間労働」 ―】

今回の記事作成にあたって参考にした書籍です。新たな知見を与えてくれました。よければ手に取って読んでみてください。



コメント